「それか? さっきヨウジイが渡した物って」
「そうです」
 そう言いながらシモーヌは、その赤い物を手紙の上に垂らし、立派な金色の印鑑の様な物を押した。
「まさか、それって……」
「兄の……リッシモンの印です。正確に言うと、ブルターニュ公の、になると思いますが」
「それをあの子に渡すのか?」
「ええ。明日、ヴォークルールの守備隊の所に行かれるそうですから」
「王の……陛下は元帥を嫌っておるのだろう? 大丈夫か?」
「ブルターニュ公のなら、大丈夫でしょう。それに、さっき本物だと信じるとは思えないって言ってませんでした?」
 シモーヌがそう言って微笑むと、バートは苦笑した。
「確かにそうだが、目の前で見ると……な」
 そんな彼に近付くと、彼女はその横をすり抜けた。
「おい?」
「これをヨウジイに渡すんです」
 そのまま通り過ぎようとしたシモーヌの腕を掴んだバートに、彼女が微笑みながら手紙を見せると、彼はその腕を離した。
 シモーヌはそのまま出て行き、ドアのむこうで何か簡単にヨウジイと会話すると、彼の足音がドアの前から遠ざかるのが聞こえた。
 何やってんだ、俺は……。たかがこれ位でやきもちを焼くなんて、カッコ悪い……。
 そう思いながら彼が頭を掻いていると、シモーヌが小さく「ただいま」と言いながら戻って来た。
「あの、バート……」
 そして、遠慮がちに彼に近付くと、そう話しかけた。
「ん?」
 嫉妬していたばかりの男はそう聞き返しながら、照れたような表情を見せた。少し赤い顔で。
「ヨウジイのこともお話しておいた方がいいですか?」
「まぁ、話すっていうのなら、聞くが……」
 バートのその答えに、シモーヌは溜息をついた。
「あの酒場には、ごくたまに東の国から流れ着いた東洋人も来ますが、兄のような者の下にいるというのは、変だというのも分かってますから、簡単にお話しておいた方がいいですよね?」
「そんなに複雑な事情なのか?」
 バートが真面目な表情になってそう尋ねると、シモーヌは少し困った表情になった。
「ええ、まぁ、そこそこ位は……」
「そこそこ、か……」
 バートはそう言うと、苦笑した。
「まぁ、良い。聞くよ。どうせ、話したいんだろう?」
「そうですね。これから色んなことが起こると思うので、今のうちに私達のことをもっと知っておいて頂くのがよいかと思います」
「なら、聞こう」
 そう言うと、バートは暖炉の傍の椅子に腰を下ろすと、前の小さなテーブルの上のティーカップに紅茶を注ぐと、続けた。
「但し、手短にな」
「はい」
 シモーヌはそう言って頷くと、彼の前に座り、語り始めた――。