「本当に動いたのか?」
 そう言いながら、ピエールがシモーヌの腹に手を遣った時だった。
 トン!
 再び内側から軽く蹴る感じがした。
「これは……!」
 ピエールがそう言い妻を見ると、彼女も顔をほころばせて頷いた。
「元気な子だな! きっと男の子だぞ!」
 嬉しそうにそう言うピエールに、シモーヌは再び頷いた。
 バートの生まれ変わりかもしれない……。
 その言葉と、彼のことは、墓場まで持って行こうと固く決意して。
 実は、妊娠が分かった時、ピエールが一度口にしたのだった。
『お前にもし他の男がいたら、生きていけないし、生かしておくつもりもない』
━━と。
 それだけ愛情深い言葉とは裏腹に、結婚前の話ではあるが、侍女の何人かに手を出していたことは、直接その侍女らが涙ながらに話してくれたので知っていたが、妻にはしっかり貞節を求めるようだった。
 男って、本当に身勝手で、独占欲が強いのね。母上も仰せだったけれど、バートとのことは、忘れなきゃね……。
 そう思って彼女が自分の腹を見た時、先程より弱く、おなかの子が蹴ってきた。
 何? 忘れないで欲しいってこと……? 分かったわ。何も残さず、ただ、私の胸の内だけにしまっておくけれど、忘れてしまわずに、たまには思い出すわ。私のことを命懸けで助けてくれた男性(ひと)なんですもの……。
 シモーヌが心の中でそう呟いた時、何かが頬をつたって落ちた。
「シモーヌ……」
 そう言いながらその頬のものを指で拭ってくれたのは、男にしては少し白い指だった。
 髭を伸ばし始めていても、まだあどけない顔の夫が心配そうに顔を覗き込んでくるのを見て、シモーヌは慌てて笑顔を作った。
「大丈夫です。おなかの子に蹴られたのが嬉しかったので、涙が出てしまったのでしょう」
「無理しておるのだろう」
 夫のその言葉に、シモーヌは思わず目を見開いた。
 まさか、バートのことがバレた……? でも、あの人はもう、この世にはいないのよ。まさか、ね……。
 そんなことを思うシモーヌの顔からは、次第に血の気が引いていっていた。