「旦那様も分かっておられると思います。そのお気持ちは。誰が見ても、奥様と旦那様は、お互いのことを想い合っておいでですし」
「それならいいのだけれど……」
 そう言うと、彼女は溜息をついた。
 彼女とて、夫が自分のことを好いていることは分かっていた。幼馴染だったこともあり、相手の考えていることは、態度を見れば分かったので。
 だが、だからこそ、ちょっとした時に彼女が「ルイ」の名を出さずとも、彼のことを考えていると分かると、アルテュールの機嫌が悪くなるというのも気付いていた。
 お互い、幼い日に、大きくなったら結婚しようと密かに言っていたのに、彼女は一足先に今のシャルル七世の兄、当時三人目の王太子になったルイ・ド・ギュイエンヌに嫁いでしまった。それは、この当時にしては当然の政略結婚だと頭では分かっていたものの、アルテュールとの再婚が決まった時にも喪服を着ていた彼女を見て、彼はもう昔の彼女ではないと感じ、そこから線を引いてしまったのだった。
 それから幼いシモーヌが仲に入り、始めはそのシモーヌさえも避けていたマルグリットが、今や姉妹か年の近い親子のように仲よくなり、アルテュールとのわだかまりもかなり消えていたものの、やはり彼の前では「ルイ」の名は禁句だった。
「まぁ、今はそんなことなど言ってられないわ。乙女の危機なんですもの。可哀相だけど、早く現実を受け入れてもらうしかないわね」
「はい……。ですが、お嬢様は本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。人の死は、いつかは乗り越えなければならないものだもの。それが、生きている者の義務であり、宿命なのよ」
「はぁ……」
「じゃあ、私はあの子の部屋に行くけれど、もし泣き声とかが聞こえても、心配しないでね、バスティアン」
「はい、奥様」
 老執事長がそう言って軽く頭を下げると、マルグリットは出来る限りの笑みを見せて、廊下を歩いて行ったのだった。
「バート………」
 女性らしい装飾品のある部屋の窓から入る日差しを見ながら、シモーヌは小さな声で愛しい男の名を呟いた。
 いつもは明るい彼女にしては珍しく、窓に近寄ることもなく、ただ椅子に座って、涙を流していた。
「シモーヌ、又、泣いていたのね……」
 マルグリットはそんな彼女の部屋に入ると、そう言って彼女に近寄り、その頭を抱きしめた。
「愛する人が自分を庇って亡くなったのですもの、ショックなのは分かるわ。でもね、酷なようだけど、泣いても彼は生き返らないのよ。それに、乙女が捕まったの」
 そう言うと、彼女はシモーヌの顔を見たが、まだ彼女の瞳は虚ろで、マルグリットに抱きしめられたことに気付いていないようだった。
「しょうがないわね……」
 マルグリットはそう言うと、溜息をつき、彼女の椅子の前に小さな椅子を持って来て、そこに座った。