「駄目だ! そんなことじゃ!」
 強い調子でそう言うバルテルミに、目を伏せてロザリオを握りしめていたシモーヌも思わず顔を上げた。
「どうしてですか? どうしようがもう、私の勝手じゃないですか! 貴方は私を捨てたんですから!」
「捨ててなどいない! 距離を置こうとしただけだ!」
「同じじゃないですか!」
「違う! 全然違う! 俺は、お前がその……付くのを見たくなかったから……」
 最後の方は小さい声で聞き取れなかった。
「何て言ったの? 聞き取れなかったわ」
「もういいだろう! この話は終わりだ!」
 バルテルミはそう言うと、シモーヌに背を向けた。
「どうして一人で勝手に決めるの! 私の気持ちも聞かないで! 私はまだ貴方のことをこんなにも愛しているのに!」
「………だからだ」
 シモーヌに背を向けたまま、小さな声で彼がそう言ったのを、彼女は聞き逃さなかった。
「え……? どういうこと? まさか、私の愛が重かったの……?」
 そう尋ねるシモーヌの両目には、見る見るうちに涙が溜まってきていた。
「………」
 だが、バルテルミは何も言わず、背を向けたままで、シモーヌが我慢出来ずに泣き出してしまうと、そこからそのまま去ってしまったのだった。
「……そう……。私の愛が重かったのね……。なるべく貴方を束縛しないようにって気を遣ったつもりだったんだけど、きっと精神的にまだ大人になりきれてなかったのね……」
 涙が少し落ち着くと、シモーヌは一人、そう呟き、涙を拭った。
「さようなら、バート。束縛して、ごめんなさい……」
 そう言う彼女は、先程ピエールが、まだ彼は彼女のことを好きなはずだと言ったことをすっかり忘れていた。
 もし覚えていても、あの態度では、全く信じられなかっただろうが。
 ……すまん、シモーヌ。だが、身分も釣り合わず、いつ死ぬか分からん男のことなど忘れ、お前は自分の世界の男と幸せになるんだ。それが一番なんだよ……。
 彼女の泣き顔を見てしまうと、修道女の格好をしていても、発作的に抱き締めてしまいそうになるので背を向けたままだった男は、心の中でそう呟き、空を仰いだ。
 苦悩に歪んだその顔には、一筋の涙がつたっていた。