五月七日 土曜。
 オルレアンの街と川を挟んですぐ南に位置する、トゥーレル砦。その方角を見ながら、ジャンヌが鎧を身に纏い、腰の剣に手を遣っていると、一人の男が近付いて来た。
「乙女よ、大丈夫か?」
 まるで自分の娘を心配するかのように不安げな表情でそう言い、近付いて来たのは、ラ・イールだった。
「はい、大丈夫です。今夜は橋を通って街に戻って来ることが出来るはずです、ラ・イール様」
「何と!」
 彼はその言葉に目を丸くすると、彼女にスッと近寄った。
「それは、聖母からのお告げか?」
「はい、そうです」
 にこりと微笑みそう答えるジャンヌに、ラ・イールは少し困った表情をした。
「今までのことからして、俺はそなたの言葉を信じるが、あまり何度も大声で、そのようなことは言わぬ方が良いぞ。どこに密偵がおるやもしれんからな」
「命を狙われるかもしれない、ということですか?」
「そうだ。密偵だけでなく、我々の中にも、そなたばかりが目立つのをよしとせぬ者もいる」
 ラ・イールのその言葉に、昨日の激昂したゴークールの顔が浮かんだ。
『子供のくせに、生意気な……!』
 ビクン!
 思わずジャンヌの体が反応したのを見て、ラ・イールは溜息をついた。
「脅して悪いがな、本当に恐ろしいのはゴークールじゃないぞ。姿をはっきり見せない奴だ。だから、気をつけろ」
「はい……。でも、聖母様や大天使様のお告げもありますから、出来るだけ頑張らなくては……。何度もお断りしたのに出てこられるということは、私が絶対果たさなきゃならないことだとも思いますし……」
 手をブルブルふるわせながらそう言うジャンヌを、ラ・イールは困ったような表情で見ると、そっとその手を自分の大きな手で覆った。
「大丈夫だ。俺達がついてる。俺だけじゃなくて、あのオルレアンの私生児(バタール)だって力になってくれるさ! それに、いつも傍にいるそなたの兄もな」
 そう言うと、彼は1m程離れた所で黙って成り行きを見守っていたピエールをちらりと見た。
 黙って頷く、ピエール。
「はい」
 ジャンヌはそう返事をすると、頷いた。
 そして彼女なりに旗を掲げ、周囲の兵士達を鼓舞して頑張っていたのだが……。
 ビュッ!
 何かが宙を飛ぶ音がしたかと思うと、左胸の辺りに軽い痛みを感じた。見ると、矢が一本刺さっていた。
「ヒッ!」
 声にならない叫びをあげると、ジャンヌは思わず旗を落とし、馬から転がり落ちた。