oneself 前編

そんなあたしに香は嫌な顔ひとつせず、大きな目を更に見開いて聞いてくる。


「まだ辞めてないん?」


「うん…」


あたしは4月からの事、この前の京都での事、全てを打ち明けた。


自分の事のように、目を潤ます香。


「でも、好きなら仕方ないやんな。あたしもそうやもん…」


香のこういう所に、優しさを感じた。


あたしの為を思って、あえて厳しい事を言ってくれる幸子にも、もちろん感謝はしている。


でも、簡単に気持ちは変えられない。


別れる勇気なんかない。


結局あたしは哲平が好きで、今の現状を受け入れてしまったのだから。


「そうやねんな…」


さきほど運ばれて来たケーキをちびちびと口に運びながら、思わず漏れるため息。


その時、テーブルに肘をつき、頬杖をつく香の手を見て、あたしはハッと気がついた。


「香、ネイルどうしたん?」


そう、さっき感じた違和感。


以前は綺麗に手入れをされていた香の爪は短く、そしてマニキュアさえも塗られていなかった。