oneself 前編

「何でタクシーなん?歩いてでも行けるのに…」


日本橋の方向にも、アメ村の方向にも、歩いて行ける距離にホテル街がある。


哲平は少し気まずそうに、ポツリと答えた。


「人に見つかったら恥ずかしいやろ」


高校時代の友達には、あたしはあたしで、哲平は哲平で、お互いにそんな話もしているはずで。


職場の人って事?


少し考えてから、あたしはシートにもたれかかった。


初めて見る、哲平のスーツ姿。


やっぱり哲平は、何を着ても格好良くて。


でも、そんな格好をしている哲平は、どこかあたしの知らない人のようにも思えた。


しばらくして、タクシーは谷町9丁目のホテル街に入り、速度を緩める。


「あそこの中まで入ってもらえますか?」


哲平が指さすのは、1軒のホテルの駐車場だった。


無言でその方向に車を走らせる運転手から、何となく気まずそうな空気が伝わる。


別にそんな所まで入ってもらわなくてもいいのに…


ようやく目的地に着いたタクシー。


哲平は準備していたお金を急いで払うと、さっそうとタクシーを降りた。