「邪魔」
その人は一言いうと私の横をすり抜け、警備システムのキーを差し、警報を解除する。
そして、鳴りっぱなしの電話を素早くとった。
「はい、大丈夫です。すみません」
たぶん、警備会社からの電話だったんだろう。
システムをセットしたままドアを開け、警報を解除しないでいると、警備会社から『大丈夫ですか?』と電話がかかってくることがある。
いきなりの大きな音に驚いて、そんなことにさえ頭が回らなかった。
男の人は電話を切ると、こちらをじろりとにらむ。
ゆるくウエーブがかかった黒髪の襟足は短くさっぱりとしていて、高い鼻の先と唇は丸く、優しげな印象を受ける。
けれど、奥二重の涼しげな目が、シルバーのハーフリムのメガネの中で鋭く光った。
その瞳は、明るい茶色をしている。
綺麗な色。氷に反射されたアイスティーみたいな色だ。
思わず見とれた瞬間。
「お前か、愛想だけがとりえのへっぽこ社員ってのは」
「へ……」
少し低めの声が、私に投げられた。
「挨拶もできないのか」
厳しい言葉の二連発で、ぼんやりしていた頭が覚醒した。
怒ってるんだ。やばい。
「あ、えと……おはようございます。今日からお世話になります、椎名初芽です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、つむじのところに小さな衝撃を感じた。
顔を上げると、相手が薄い名札入れを持って、私の頭をぺしぺししていた。



