耳のすぐ後ろで声がして、一気に脈拍数が上がった。
触れた指先が熱くて、レンズの状態なんか全然わからない。
矢崎店長の平べったくて大きな爪。節くれだった、器用で繊細な長い指。
加工のしすぎで荒れているけれど、触れられても全然嫌じゃなかった。
練習が終わると、矢崎店長はすっと離れていく。
ああ、緊張した……。
「よし、わかったな。じゃあ、本番」
そう言って、冷静な顔でレンズを渡してくる店長。
し、しまった……ドキドキしてて、指先の感覚を覚えていない。
ええと、当てるだけ……当てるだけ……。
私は冷汗たらたらで、なんとかレンズの面取りを怒られずに終えた。
できたレンズをフレームに入れてネジで止め、なんとか初めての加工が無事終了。
ホッと息をついた瞬間、矢崎店長のお客様が入ってきた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
店長はそのお客様に頼まれていた高額なメガネをトレーに乗せ、さっそうと表に出ていく。
「あら店長さん、私のこと覚えててくれてたの?」
「もちろんです」
矢崎店長に微笑まれて、50代女性のお客様は、嬉しそうにもじもじとしていた。
そうだよね、菜穂ちゃんもあのお客様も私も、同じ女だもん。
矢崎店長みたいな人が傍にいたら、少しくらいドキドキしたって、変じゃないよね。
機嫌が悪いと鬼だけど、怒ってないときは、面倒見のいい人だから。
別に、私が店長に対して特別な感情を持っているから、ドキドキするわけじゃないよね……。



