「なにニヤニヤしてんの、はっちゃん」
入り口の植栽にあげる水を如雨露に入れていると、メガネ洗浄機の水を替えにきた長井くんに話しかけられる。
ちなみに、大きなシンクがある水道があるのは、なぜか物置となっている部屋の隅。
加工台の傍にも水道はあるけど、今は杉田さんが加工機の水替えに使っているのだそう。
「ニヤニヤしてた?」
「してたよ」
そうなんだ。無意識だったな。
「さっき、2階で店長が寝てたよ。その寝顔が面白かったの」
「白目でもむいてた?」
「そうそう。写真とっておけば良かった」
心にもないことを言ってしまった。
ありのままを話せば良かったのに、なんとなくそれができなかった。
「あー、勉強しててそのまま寝ちゃったのかな」
「勉強?」
「店長もうすぐ、昇進試験のはずだよ」
「そうなの」
全然知らなかった。
店長の上ってことは、地区長試験だよね。
胸の奥がうずく。
何で長井くんは知ってて、私は知らなかったんだろう。
「落ちると格好悪いから、はっちゃんには秘密にしたかったのかな」
長井くんは猫みたいな口で笑った。
そんなもんかな。たしかにプライドが高いから、私みたいなへっぽこ社員にバカにされたくないんだろう。
別に、落ちたって聞いたってバカにしたりしないのに。
「……そういえばさぁ、歓迎会のときの『菜穂ちゃん』気にならない?」
長井くんの言葉に、ハッと顔を上げる。
一瞬『別に』と言いそうになったけど、これはまたとないチャンスだ。
私がうなずくと、長井くんは話しだした。



