「どうしてキョロキョロしているの?」
「……別に」
「ああ、こんなところを見られたら困る人がいるのよね。じゃあ、誰にも見られない場所に行きましょうよ」
大久保は楽しげに、俺の手を引く。
ふりほどいてやりたかったが、本当に初芽に何かするつもりなのか、確かめなければ帰れない。
最悪、脅してでも俺たちに二度と近づかないようにしなければ。
しかし、そう思ってついていくと、とんでもない場所に連れて行かれた。
メインの通りから外れた途端に怪しいとは思っていたが、ここは間違いなくホテル街だ。
「おい」
「言うことを聞くのよ」
ホテルに入ろうってことか。
冗談じゃない、と断ろうとして思いなおす。
言いあいになったりしたとき、周囲から見れば、完全に男の俺が不利だ。
けれどこういう密室ならば、通報される心配もない。
カラオケ店でもいいと思ったが、あそこは監視カメラがついている。
仕方がないか。
さっさと話をつけて帰ろうと、安そうなホテルの中に足を踏み入れる。
その瞬間、俺の名前を呼ぶ初芽の声が聞こえような気がした。
「……まさかな」
振り向きかけて、首を振る。
初芽が、こんなところにいるわけがない。
エントランスで適当な部屋を選んで入ると、ホテル特有のタバコと消臭剤の混ざった嫌なにおいがした。



