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「新垣さーん、おべんとー!」
「ーーと、ごめん。うっかりしていた」
エレベーター乗る前に止められて良かった。彼にお弁当を渡していれば、近所の奥さんと鉢合わせる。
「あらっ、新垣さんじゃない!あらあらっ、そちらは奥さん?いいわねえ、新婚さんは」
「あ、おはようご」
「それにしても、新垣さんの方はよく見かけるけど、奥さんは何をしている方なの?専業かしら?今の内に働いた方がいいわよ?そうだ、あたしがやっている仕事紹介しましょうか?若い内から苦労しておかなきゃ、この先やっていけないわよ!仕事なんだけどね、化粧品の販売で、今はサンプルないけど、本当にいいのよ、この化粧品!奥さんもどう?若いからってお肌を粗末にしちゃダメよ!ほら、人に売るにはまず自分から使わないとね!これから時間あるかしら?今からサンプル持って行くわ、ほんといいんだからぁ!」
挨拶もさせてくれないおばさまトークを止めたのは、彼だった。
私とおばさまの間に割って入る。彼の背中が頼もしく見えた。
「失礼。彼女、重病なものでして、他人と話すことは愚か、こうして外にいるだけでも体の負担になります。それほど繊細なーーガラス細工よりも儚く清く壊れやすい体をしていますので、そういったお誘いはお断りしています。俺の部屋への訪問もご遠慮願いたい。俺以外の誰かと密室化で過ごすなんて、彼女の容態が悪化しますので。健康そうに見えますか?それがこの病気の難点ですよ。だからこそ、この病気で死ぬ人は年々増え続けています。誰にも理解されない病気を理解してほしいというのは無理があるかもしれませんが、どうかそっとしといて下さい。彼女が、これからも生き長らえるためにも」
「そ、そうだったの!あ、あたしったら、そうとも知らずに!ごめんなさいねぇ」
おほほほ、と去るおばさま。
それを見ながら、彼に言う。
「あなた、嘘はつかないって言ってませんでしたか」
「“雨音には”、つかないよ」
※その日、おばさまネットワークにより、とあるAさんが、とんでもない病気の持ち主で余命一年であると広まっています。


