「私のこと覚えてます?」
「3年の原田だろ。バスケ部エース」
「さすが先生~!私、今年先生の授業受けてないのに」
夕方まで日陰になるこの階段は、真夏でもひんやりとしていた。
「部活の、悩み?」
「ううん、違う。直球で言っちゃうけど、結婚している人を好きになったらダメですか?」
原田の控えめな話し方、恥ずかしそうな顔。
鼻の奥がツンとするような、懐かしい感覚を覚えた。
「難しいこと聞くなぁ、お前も……」
「結婚してるってわかってる相手を好きになるのは、ダメだと思いますか」
「昔の俺なら、簡単に答えが出せたかもしれない。結婚している相手を好きになってもつらいだけだぞって。だから、未来のある相手を好きになった方がいいって」
俺は、目を閉じて、大きく息を吸った。
夏の木の匂いが俺と原田を包んでいた。
「でもさ、ダメだって最初からわかってるのに、それでも好きになっちゃうから悩むんだと思う。最初からそんな相手をわざわざ選んでるわけじゃないもんな……」
「好きになれるものなら、同級生を好きになって楽しい恋がしたい」
「そうだよな。うん…… 俺も、遠い昔に好きになっちゃダメな相手を好きになって、その相手に高校生は高校生と恋をしろって言ったことがある」
好きって、簡単じゃない。
恋って、しようと思ってできるもんじゃない。
「新垣先生、生徒と結婚したんだもんね」
「やっぱり、知ってた?」
「有名だもん。だからこそ、生徒と教師の恋を期待しちゃう子もいるんだよ」
「それは……申し訳ない。新任の三上先生とか人気あるからな」
「三上先生、爽やかだよね~。独身だし、女子に優しいから」
「大変だろうな、これから。告白されたり、いろいろあるだろうな」
俺は、もうこの歳になり、結婚して子供もいて、告白されるってことはほぼなくなって。
そこはすごく楽になった。
「好きになっちゃダメなのに、好きになったときってどうすればいいのかな」
遠くを見つめながら原田はそう呟いた。
その横顔が直に重なる。


