60代くらいの男の先生だった。
とても穏やかな話し方をする人で、初めて会う気がしなかった。
「不安だったね。不安になると、どんどんまた不安が増えて、恐怖になっちゃうよね」
私が言う前にわかってくれていた。
とにかく、不安だった。
毎日が不安で始まって、不安で終わる感じがした。
「真面目なお母さんに多いんですよ。理想が高いから、頑張っちゃう」
「……はい」
「お母さんはね、そこにいるだけでいいんですよ。何もしなくても子供にとってはお母さんがいるってことが嬉しいから。でも、こうしなきゃああしなきゃ、成長の為にこれを教えなきゃ、あの子はもうあんなにできるのに、私もやってあげないとって」
先生も隣で相槌を打っていた。
その通りだった。
「今の時代は、ママの付き合いも濃いから、つい人と比べちゃう。かわいいお弁当作らなきゃ、休みの日はピクニックに行かないと、行事はちゃんとしないとって、どんどん追い詰められていく。僕は、そういうお母さんに言うんです」
にこっと笑った病院の先生は、深呼吸をした後に言った。
「ほっらたかすのはダメだけど、ほっといても子供は育つ。逆に言えば、頑張っても頑張ってもそこまで子供に差が出るわけじゃない。芸術品を作るように、子供を育ててないですか?って」
「そんな、気持ちすごいありました」
「神様から預かった子供なんですよ。あなたの体から出てきたけど、あなたの一部でもなければ、あなたは作り出した存在でもない。ふたりの子供だけど、子供はひとりの独立した人間だから」
心の中にあったモヤモヤが消えていく。
そうか、
そうだったんだよね。
私の作品じゃない。
空は、空だもん。
「手抜きしていいんです。誕生日だからって手作りケーキなんて作らなくていい。SNSに載せるためにおしゃれな夕食を作る必要もないんです。ぐちゃぐちゃなオムライスでいい。ママが作ったものなら子供はそれでいい。子供の栄養だけ考えればいい。写真用に作ったご飯なんて、食べるのもったいない。疲れた日は、テレビを見せて、寝ていてもいい。イライラしたら、トイレに逃げ込めばいい。もう赤ちゃんじゃないから、数分ほっといてもまぁ、大丈夫でしょう。頑張りすぎていた自分を、休ませてあげようね」
溢れる涙は、止めることができなかった。
他人からそう言ってもらうことで、認めてもらえた気持ちと、逃げていいんだという気持ちで……
「僕は、高校の教師をしてまして、なかなか一緒にいてやれなかったんです。土日も部活があったり、帰ってからも仕事をしていたので、弱音を吐けなかったんだと思います。いつも、一人で抱えて、無理しちゃうんです……」
先生はちゃんと子育てをしてくれていた。
私を支えてくれてたよ。
「奥さん、優しいでしょう。人に優しさを向ける人だから、自分のこと後回しにしちゃったんだね。奥さんの笑顔は、ご主人を安心させるために無理してる笑顔かもしれない。それをいつも考えててください」
「はい。仕事も、少し減らしてなるべく一緒にいたいと思ってます」


