2番目の唇


地下からの階段を上って1階ロビーに出ると、既に正面玄関は施錠され、業務終了の立て看板が置いてあった。

ガラス張りの空を見上げると、黄色い月が浮かんでいる。


いい夜だ。

お風呂上がりのビールはベランダで、月を眺めながらでもいいかもしれない。


つまみになるようなものはあったかと自宅の冷蔵庫の中を思い出しながら、人気のないロビーを横切って、エレベーターホールの隅にある非常階段に入った。


あの大きな被害を出した地震の日以来、エレベーターにはあまり乗らなくなった。

幸い、私の所属する部署はB1だし、普段お呼びがかかる階も3階以下がほとんどなので、エレベーター無しの
生活に不便さは感じない。

1日にそう何度もあるわけじゃない階段の上り降りは、人気の無い会社のエレベーターの中に1人きりで閉じ込められることを思えば、たいした労力ではないし。

必要だったのは、かかとの低い靴を買うことくらいだった。


今日、履いているのはヒール3cmのオープントゥ。

きれいに見えるハイヒールは、階段の上り下りには適していない。

一人で働く女に合うのは、こういう靴だということなんだろう。