「さあ、どうでしょう」
とぼけてはいても椎名さんと会ったのは多分数年前だ。
地味な頃の私を知っていて、それでも好きになってくれたってこと? だったら尚更ありえない。
当の本人は私をにやにやしながら見ている。
もういいや、椎名さんのことを思い出さなくても。この人はろくにヒントもくれないし、思い出したところで今更椎名さんの印象が変わるとも思えない。
「じゃあまたね夏帆ちゃん。横山さんと別れたら俺んとこ来なよ」
「別れませんから!」
椎名さんは台車を押してエレベーターの方へ向かって歩いていった。
本当にあの人は冗談ばっかり……。
私はすぐ横のトイレへ足を向けた。壁を曲がるとすぐ化粧台がある。
どれだけ酷い顔をしているんだろう……。
トイレの壁を曲がった瞬間息を呑んだ。鏡の前には女性が一人立っていた。誰もいないと勝手に思っていたから驚いたけれど、女性は私が来ることが分かっていたのか初めからこちらを見ていた。
名前は分からない。けれど顔は知っている。営業推進部の人だ。宇佐見さんと一緒に私を見て笑う内の一人だから。
女性は私の顔を見ると無言で横を抜けてトイレから出ていった。
もしかして、今の椎名さんとの話を聞かれてたのかな? いつから? トイレに入ったとこは見ていない。だったら私たちが非常階段から出てきてからの全部を聞かれたの?
どうしよう……変な風に受け取らないでくれるといいんだけど……。
結局その日は修一さんから折り返しの電話は来なくて、忙しい人だから、と無理矢理納得しようとしたけど修一さんに対してわだかまりができた。



