「それも冗談ですね」
「あら、本気なのに」
私はまた笑う。今の椎名さんには何の不安も感じない。
嫌な言葉を吐くのは、この人が不器用で思ったことをすぐ口に出してしまう一面があるからなのかもしれない。
椎名さんはゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ行こうか。お互いサボってるとまずいでしょ」
二人で非常階段の扉を開けて中に戻った。
「あの、椎名さん……手が……」
私の手は椎名さんに握られたままだ。
「あ、放さなきゃだめ?」
「当たり前です! こんなとこ見られたら誤解されます……」
誰かに見られてまた変な噂がたったらと思うと……。この状況を修一さんにまで知られたくない。
「残念」
椎名さんは渋々私の手を解放した。
「さて、仕事に戻るか。夏帆ちゃんサインちょうだい」
急に真面目になった椎名さんは、非常階段の扉の前に置いた台車から納品書とペンを取り私に渡した。
「はい。ご苦労様です」
サインをすると椎名さんに返した。
「夏帆ちゃん顔直してから戻った方がいいよ。メイクがひどく崩れてる」
「え? うそ……」
思わず顔を触った。確かにさっき泣いたせいで目が腫れている気がするし、下瞼を触ると落ちたマスカラが指についた。きっと今ものすごく酷い顔なんだろう……。
「夏帆ちゃん化粧するなんて女子力上がったよね。前はいつもすっぴんだったのに」
「過去を気にしてるんです! 言わないでください!」
にやにやと笑う椎名さんに怒りが湧く。
でも椎名さんが私のすっぴん時代を知っているということは、そのころ会ったことがあるの?
「椎名さん、前に会ったのってやっぱり私が早峰に入社する前ですか?」



