落ちる恋あれば拾う恋だってある


足から力が抜けそうになり、壁に手をついて体を支えた。

どこをどうやって歩いたかは覚えていない。レストラン事業部に発注書をもらうのを忘れたし、エレベーターに乗ったら階数ボタンを押し忘れて動かないまま数分中でぼーとしていた。

宇佐見さんに正面から向けられた悪意が怖かった。

無意識に総務部のフロアに戻ろうとしていたようで通路を歩いていた。人の気配と話し声に顔を上げると、通路の先に三人の社員と椎名さんがいた。
宇佐見さんの次は椎名さん。

椎名さんの顔を見て抑えていた涙が溢れそうになる。
同僚に泣いてるなんて知られたくない。椎名さんに見られたくない。もう何も言われたくない。

私は慌てて来た通路を引き返し逃げた。
誰もいないところへ。誰にも見つからないところへ。

通路の奥の非常階段の扉を開けた。ビルの裏にある外階段なら誰にも見つからない。

修一さんは噂のことをなんて思ったかな? 二人でそんな話はしたことがない。噂があること自体知っている? 私が宇佐見さんから奪ったなんて否定してくれるよね?

彼の声が聞きたくなってポケットからスマートフォンを出して電話をかけた。何十秒とコールしても修一さんが出ることはなかった。彼はとても忙しい人だ。
頼りたいときに恋人の声が聞けないことがこんなにも辛い。

「っ……うっ……」

風が吹き抜け、乱れた髪が涙で濡れた頬に張り付いた。

もう嫌だ。私はただ静かに仕事をしたいだけ。人間関係が円満じゃなくてもいい。波風立たなければそれでいい。学校を諦めて生活のために仕方なく就職した。だからもう私には今の仕事と、家族と、修一さんだけ。
これ以上乱さないで。穏やかに、落ち着いた生活をしたいのに……。