おいおい、ふざけんなよ。俺は空腹で、しかもお前らを見てイラついて作業してるのに、夏帆は目の前の男に手作りのおかずを分けている。
横目でそっと見た夏帆は照れているのか顔が緩んでいて、どんどん苛立ちが募る。
お前、男と面白くない会話しかできないはずだろ? どうして笑うんだよ。
ぴちゃぴちゃぴちゃ……。
二人に意識を集中しながら水をあげていたせいで、目の前のポトスの鉢から水が溢れた。土と一緒に鉢カバーの底に滴る。
普段ならやらないミスだ。俺は雑巾で鉢カバーの中の水と土を拭く。
「あはは。ありがとうございます」
はっきり聞こえてくる夏帆の笑い声が頭の中に虚しく響いた。
照れて赤くなった顔も、喜ぶ顔も、俺にしか向けないものだと思っていた。勝手に思い込んでいた。
早峰フーズでの作業を終えてエレベーターで総務部のフロアに降りると、ドアが開いてすぐ目の前に夏帆がいた。段ボールいっぱいに入った丸まったポスターを抱え、顔が半分見えなかった。
「あ、椎名さんお疲れ様です……」
先程食堂で笑っていた顔とは違い、エレベーターから出てきたのが俺だと気づくと一瞬困った顔を見せた。
俺への態度はこんなものなのか。
これまで夏帆の中に俺の存在を強く残してきたつもりだった。けれど奥手なこの子には苦手意識を植え付けただけかもしれない。
「お疲れ様、夏帆ちゃん」
「サインですよね。ペン貸していただいていいですか?」
足元に段ボールを置くと俺からペンと納品書を受け取った。
「エレベーター乗るとこだったんじゃないの?」
「大丈夫です。急ぎじゃないんで」
夏帆はサインをすると俺に納品書とペンを返した。