「いいえ。これでいいんです」
もっと大事になったらたくさんの人に迷惑をかける。私だって長引けば精神的に持たない。
椎名さんの顔を見た。椎名さんも私を見た。そうして彼は頷いた。それでいい、とでも言うように。
「夏帆ちゃん、まだほっぺたの腫れが引かないね。口の中は大丈夫? 歯は?」
丹羽さんの声に私は頬を触った。鈍い痛みと少し熱を持っている気がする。舌で口の中を確認するが異常はなさそうだ。
「大丈夫です。ほっぺたを引っ叩かれただけなので」
「保冷剤持ってくるから待ってて」
「あの、俺たちはこれで」
椎名さんが立ち上がった。
「え? でも……」
「これ以上ここにいると視線に耐えられませんから」
丹羽さんは引き留めようとしたけれど、エレベーターから副社長が降りてきたのが見えると「あとは任せて」と丹羽さん自身も立ち上がって道をあけてくれた。
「夏帆ちゃんは病院に行ったって言っとくね」
「お願いします。夏帆ちゃん、行こう」
「はい……」
軽く手を引かれて私も立ち上がる。椎名さんと繋いだ手が心強い。
「椎名さん、夏帆ちゃんをよろしくお願いします」
「はい」
椎名さんは私の手を引いて出口まで早足で歩き出した。自然と野次馬の社員が道をあけた。
宮野さんと数名の社員が宇佐見さんの腕を引っ張って立たせようとしているのを横目で見た。
自動ドアを抜ける直前、ふと後ろを振り返るとエントランスの階段の上に修一さんが立っていた。驚いているのか悲しんでいるのか複雑な表情をしていたけれど、私はすぐに前を向き椎名さんと外に出た。



