「緋衣ちゃん、ありがとう」
頬を押し潰され、ごにょごにょとした言い方になってしまったが、緋衣ちゃんにはしっかり届いたようだ。
緋衣ちゃんは両手を離し、ニッと口角を上げる。
「こちらこそ、約束を守ってくれてありがとう!」
話してよかった。
いつの間にか、恋心は震えてはいなかった。
足も、手も、声も。震えが、ピタリと止まっていた。
緋衣ちゃんのおかげだ。本当にありがとう。
ふと、緋衣ちゃんの携帯の通知音が鳴った。画面を見て、「え!」と嬉々とした声を漏らす。
「どうしたの?」
「……彼氏が来てるみたい」
「え!」
思わず緋衣ちゃんと全く同じ反応をしてしまう。
赤面しながら返信に悩んでいる緋衣ちゃんに、私は仕方ないなあと言わんばかりに微笑んだ。
「行ってきなよ」
「で、でも……」
「私のことはいいから。彼氏と文化祭を楽しんで?」
緋衣ちゃんは少しためらってから、渋々了承し、屋上から彼氏の元へ駆けていった。
これから二人で仲良くメロンパンを食べるのかな。
可愛らしい光景を想像して、また微笑んだ。
バタン、と屋上の重たい扉が閉まる音と同時に、風の吹く方向に逆らって体の向きを変えた。フェンスに手をかける。
何気なくフェンスの下を見下ろすと、若葉公園があった。
文化祭の後、凪雲先輩は後夜祭に出ずに公園に行くのだろうか。



