「なに、婚約話をなかった事にじゃと?!」


「近衛隊長殿は、一体何を考えておいでだ。
 もう既に後戻りの出来ない状態にあるというのに……」
「やはり、アイリス姫様を想うあまり気が触れてしまったか……」


「婚約話をなしにして、ただで済むとは、お主も思ってはなかろう。
 理由は聞かせてもらえのだろうな」

「はい。このレヴァンヌ国で、ただ一人のご息女であるアイリス姫様を
 他国の王子様と婚約させるという事は、国にとって更なる飛躍になりましょう。
 しかし、その反面、まだ政治外交に経験のない姫様は、逆に他国に利用される事となるのでは……と」

「……ふむ。それは私も心得ておる。
 それ故、すぐさま結婚に運ぶつもりはない」

「陛下、お言葉ですが、それよりもより良い手段がございます」

「ほぅ、何だ。言ってみよ」

「アイリス姫様が生涯を独身で過ごされる事です」

ルカの言葉に、国王は、驚きに目を見開く。
しかし、すぐにルカが言おうとしていることを悟ると、その深い紫色の瞳に叡智の光を宿した。

「……なるほど。お前の言おうとしている事は解った。
 アイリスが独り身でいる限り、他国との王位継承紛争は免れ、求婚者は後を絶たないだろう。
 それ故に、この国の “栄光ある孤立” が守られる。……そうゆう事だな?」

「仰る通りでございます」

「そうなると、跡継ぎが困るが……まぁ、北の親族から迎えるという手もある。
 本当に、お前を近衛隊長にしておくのが惜しいよ。
 その頭脳を持てば、我が良き右腕になれたであろうに」

だが、と国王は言葉を続けた。

「私は一国の王である前に、一人の父親でもある。
 父親らしい事は何一つしてやれてはいないが、
 一人娘であるアイリスのことは、幸せにしてやりたいと思っておる。
 独り身で生涯を貫く事がどれほど女として辛い事か……」

「心得ております。私も、アイリス姫様には幸せになって頂きたい。
 ただ、このまま姫様のご意志を確認しないまま婚約話を通さずとも、
 他に手段があるのではと、述べたかったのです」

「ふむ。つまり、アイリスの判断に任せる、という事だな」

「はい。仰るとおりでございます」

「…………わかった。お前の言う通りにしよう」

「ありがとうございます! 陛下」

ルカは、深く深く頭を垂れると、国王への敬愛の念を改めて実感するのだった。