しばらく待って、ようやくルカが顔を上げた。

「昔、アリスとまだ会う前に…… “理想の家庭” ってのに、憧れてた時があったな」

「理想の家庭?」

「ああ。あの頃は、両親がいて、子供がいて……食べ物や着る物に困らない、
 最低限生きていけるだけの経済力さえあれば、それだけで幸せだと思っていた」

(そうだ、ルカは小さい頃に両親が亡くなっているんだったわ……)

あまり良い思い出ではないからと、ルカの口から聞いたことはほとんどないので、
詳しい事情は知らないが、聞かない方が良かっただろうか、と質問したことを少し後悔した。

「……ん? あの頃は、って……今は違うの?」

「今は……
 他に、大切なモノができたから」

「大切なモノ……?」

聞き返す私の顔を、ルカが優しい眼差しで見つめている。

(え、もしかして、それって……)

私は、胸がどきどきして顔が熱くなった。
誤解しちゃ駄目だと自分に言い聞かせながら、ぱっと視線を外す。

「……さ~って、そろそろ出発しましょう。
 早くしないと、陽が暮れちゃうわ」

私が誤魔化すようにぱっと立ち上がると、ルカもそれに同調して腰を上げた。
何となく気まずい。
しばらく無言で歩いていたが、私が退屈に耐えきれなくなり、先に口を開いた。

「ルカって、ずっと髪の毛を伸ばしてるわよね。
 どうして髪の毛を切らないの?
 そんな腰まで長かったら、近衛隊長の仕事で邪魔にならない?」

ルカは、驚いた顔で私を見ると、怪訝そうな顔をした。

「何でって……お前、覚えてないのか?」

「覚えてないって、何を?」

「……いや、忘れてるんならいいんだ」

そう言うと、ルカがぷいっと正面を向く。
どことなく拗ねているように見えるのは、私の気のせいだろうか。

「何よー、誰だって忘れちゃう事くらいあるわよ。
 ……それに、教えてくれたら、思い出すかもしれないじゃない?」

「知りたいなら、自分で思い出すんだな」

「えぇ~、何かあったかなぁ……」

それから、しばらくあれこれと思い出そうと試みてみたが、全く手がかりすら思い出せなかった。


その後も、私たちは、他愛もない会話を楽しみながら、歩き続けた。
時々、ルカは背後を気にしているようだったが、今のところ、白い男が追って来ているような様子はない。
空には、ぽっかりと浮かんだ白い雲がのんびり散歩をしているようで、
昨夜のことが夢か嘘のように思えた。

途中で何度か休憩を挟みながら、私たちは、前へ進んで行く。
私は、ふとあることを思いつき、ルカに剣の使い方を教えてくれないか、と頼んだ。

「何を言うのかと思えば……
 そんな危ない物、持たせられるわけないだろう」

「大丈夫よ。少しくらい怪我したって、私……」

「いや、そうじゃない。
 アリスよりも、周りの人間が危ないじゃないか」

私たちは、しばし見つめ合った。
ルカがあんまり真剣な顔で言うものだから、私は、むっとした。

「……そうよ、ルカの言う通りよ。
 私は、いつも周りの人間に迷惑ばかりかけてる」

「……おいおい、まさか本気で言ってるのか」

「でも……だからこそ!
 昨日の夜みたいな事がまた起きないとも限らないし。
 私だって自分の身くらい自分で守れるようにならなくちゃ!」

ルカが渋い顔をしたので、私は、何か悪い方に誤解させただろうかと焦った。

「あ、ルカを信頼してないわけじゃないのよ!
 ただ、守られてるだけじゃ何も見えてこないのよ。
 私だって、何かをしたい。
 じっとして、ただ守られてるだけなんて、嫌なの!」

「責任を感じるのはいいが……何もそう、一人で全てを背負う事はないんだぞ」

「え……」

どういう意味か私が聞き返す前に、ルカが口を開いた。

「……わかった、剣の使い方を教えよう」

「本当? ありがとう、ルカ!」

「ただし、中途半端な気持ちで剣を使うと、痛い目に遭うぞ」

「私、真剣よ」

「それじゃあ、まず、この短剣を渡しておく。
 護身用だが、軽いから女性の力でも扱いやすいだろう」

ルカから渡された短剣は、コバルトブルーの鞘に納まっていて、シンプルだが綺麗な銀の装飾が施された柄が伸びている。
私は、手のひらの上で、剣が見た目より重たいことに少し驚いた。

「よーし、じゃあまず基本的な体型から……」

「ふふふ。前からやってみたかったのよね~♪」

「………話、聞けよ」