ルカを見た。
何か適当なことを言って、誤魔化そうかとも考えた。
でも、ルカの焦げ茶色の目が私を真っすぐ見つめている。

(……ダメ。どうしても、ここは譲れない。
 でも、だからと言って、ルカに嘘は付けない)

 ルカは、私が小さい頃からずっと傍で守っていてくれた、大事な友人だ。

(……ルカに言おう。私の本心を。
 長い付き合いだもの。きっと解ってくれるわ)

 その時、風が優しく私の背中を押してくれた。
まるでお母様が私を応援してくれているようだ。
 私は、心を決めて、唾を飲み込んだ。

「ルカ、私……
 …………私、行けない」

 それを聞いても、ルカの表情は変わらなかった。
私の答えを予め予想していたかのようだ。

「どうしてもやりたいことがあるの。
 だから……お城には帰りたくない」

「やりたいこと?
 それは、今やらなくてはならない事なのですか?」

「ええ、そうよ。
 婚約してしまってからでは、もう遅いの」

ルカが眉を寄せる。

「それは一体どういう意味です。
 姫のやりたいこととは、何なのですか?」

「自分の力で、私の王子様を見付けることよ」

 真面目に答えたつもりだったのに、
ルカは、呆れた様子で天を仰いだ。

「……姫。姫の王子様は、既にお城にお集まりです。
 まずは彼らとお会いになられてから、姫が気に入られた方を選べば良いのですよ」

「それじゃダメなの。
 それじゃ、意味がないのよ!」

 ルカは、訳が分からないといった顔で、首を横に振る。
私は、次の言葉を探したけれど、気持ちばかりが先走り、上手い言葉が見つからない。
そんな私の様子を見て取り、痺れを切らしたルカが口を開いた。

「国よりも大事なことがある。
 だから、城へは帰れない、と?」

 ルカの言葉が私の熱くなった頭に冷や水を被せる。

(……国よりも、大事?
 私の王子様を捜す事が、私の生まれ育った国よりも大事なことなの?)

「……姫、どうか正直にお答え下さい。
 何故、今になって城を抜け出したりしたのですか?」

 そう言った、ルカの口調があまりにも優しくて……
でも、少し寂しそうで……。

 “何故、今になって……”

 確かに、今まで私は、この婚約の話を承諾していた。
この国の王女として、当たり前の事だと思っていたからだ。
嫌だと言う機会は、いくらでもあったのに、それをしなかった。

「…………夢を、見たの。幼い頃の」

 物語の中で、お姫様を助けに来てくれる王子様。

 それじゃあ、私の王子様は?

「幼い頃から、私には決められた相手がいるって聞かされてて。
 私は、その人が私の王子様なんだって、ずっと思ってた」

 “何故、塔に閉じこめられたお姫様は、
 自分から王子様を捜しに行こうとはしなかったのかしら”

『そうゆう物語なんですよ』

いつも同じ、決められた物語。
それじゃ、なんだか納得できなくて、ふて腐れてみた、幼かった私。

誰かに決められた、顔も知らない婚約相手。
私の人生そのものが、まるで誰かに作られた物語のよう……。

その思った時、ふと見てみたくなったのだ。
自分の物語を。
誰かに決められた道ではなく、自分で歩く、未来の自分の姿を。
それが一体どんな物語になるのか、知りたくなった。

「私は、レヴァンヌ王家の正統な血筋をひいている唯一の王女。
 だから、国の為に私が婚約をする事は、ごく自然で、それも必要なこと。
 でも……」

 ルカは、無言で私の言葉を聞いてくれている。
だから、私は落ち着いて、そのまま話を続ける事ができる。

「……でも、気付いたのよ。
 私は、王女である前に、一人の女なんだってことを」

 姫として生きてきた16年間。
私は、いつの間にか夢を見ることを諦めてしまっていた。
ただ与えられた役を演じ、流されて生きるのが楽だったからだ。
“姫だから”という理由で、自分の未来からも逃げていた。

「今更って、思う。ご招待した王子様達にも失礼だとも。
 許されない事だっていうのも……解ってる。
 それでも、もう一度夢を見たいの……!」

 あの物語の本を開いた時、私は……
諦めてしまった筈の夢を垣間見てしまった。

 忘れていた筈の……いいえ、
無理やり忘れようと努力した夢のパンドラを開けてしまった。
そして、想いが溢れて、止まらなくなった。

「お願い、ルカ。私に時間をちょうだい。
 1週間……ううん、3日でいいわ。
 姫としてではなく、自分の未来のこと、よく考えたいの」

しばらく沈黙が続いた。
ルカは無言のまま、表情を崩さないでいる。

(やっぱり……ルカには、解ってもらえないの?)