そこに辿り着いたのは夜四ツ(十時頃)の頃だった。
いつもはただ通り過ぎるだけだった池田屋は、一見どこにでもある普通の旅籠。
しかしながら今夜はいつもよりざわついているように感じるのは気の所為ではなさそうだ。
この時分、周りは既に灯りが落ちているにもかかわらず、所々開いている二階の窓からは橙色の光がゆらゆらと揺れているのが確認出来た。
もしかしたら本当に当たりなんでしょうか。
月明かりに照らされた皆の顔が俄に引き締まる。
こうなればもう腹を括るしかない。漂う緊張感に自然と意識はそちらに向く。
こういうところで私もすっかり新選組の一員なのだと気付かされる。
目と身振りで合図を交わし表と裏を平隊士に固めてもらうと、もう一度静かに視線を合わせる。
皆がごくりと唾を飲むのがわかった気がした。
「主人はおるか。御用改めである」
先陣を切った近藤さんの声に、すぐ横にあった帳場にいた主人とおぼしき初老の男が驚きに目を見開く。
「ひっ、し、新選組やっ」
決まりですね。
怯えた声を上げた男は前のめりに駆けて行くと、奥の階段を四つん這いで上がっていく。
「総司!」
「はいっ!」
近藤さんに続いて階段を上がるのは人数上私一人。
興奮に刀を握る左手に力が籠る私も、平助のことは言えないのかもしれない。
「無礼すまいぞ!手向かい致すは容赦なく切り捨てる!」


