無意識にもふと頭に響いたのは祭り囃子。



賑やかな喧騒。
赤い提灯。
酷く蒸した夜の空気。


一人の、女。



沈んでいた記憶がふわりと開く。




『欲しいならあげますよ』





いつかの祇園御霊会。
四条大橋の欄干に凭れ項垂れた洗い髪の女。


手にした簪を辛そうに見つめ哀愁を漂わせるそいつは初め、どこぞの遊郭にでも売られて来たのだと思った。


人の集まる京の町、そんな女は多くいる。声を掛けたのはほんの気紛れだった。


あわよくばの打算もあるにはあったが、それよりもただ、気になったのだ。


此処等では滅多に見ないその江戸銀簪が。


江戸にも勿論花街はある。こいつが東の人間ならばなこの遠く離れた京にまで売られてくる筈はない。


じゃあこいつは何故此処に?


別に簪などたまたまどこかで誰かに貰って手にいれただけかもしれない。どうとでもあり得る。


でも一度気になったことを捨て置くことは性分的に出来なくて。




「……江戸銀簪ちゃう?それ」




声を、掛けた。