古びた旅籠の一室。


同じく年期の入った行灯の中で、小さな灯りがぽつりと淋しげに揺らめいている。


そんな隙間風に震える柔らかな橙に照らされながらも、その横顔は頬が紅潮しているのが見てとれた。


きゅっと結んだ唇。
太ももの上で握られた両手。


袴ではない、女物の着物に髪を纏めた彼女はいつになく艶やかに映る──と言ったら、怒られるだろうか。




「総司」


俺の声にぴくりと肩を揺らすものの、彼女は決して此方を向かない。


それどころか益々顔を赤らめ反対へと向いてしまった彼女の反応が想像通りで、笑ってしまった。


「総司」


仕方なく自ら近寄り、後ろからその肩を抱く。細い肩が、小さく震えていた。


「今ならまだ帰れる。どうする?」



京へ来て暫く。俺はずっと押し殺していた想いを打ち明けた。


着いてきたのは彼女。


でも俺は彼女が一人を想い続けていたことを知っているから。最後の理性でそっと、逃げ道を示した。


これを越えてしまえばもう戻れないとわかっている。


やっと捕まえた彼女を逃げないように大事に、大事にこの手で囲ってしまいたくなる。


そう、これは俺の逃げ道でもある。



今ならまだ、手放してやれる。