それでも、捨てる勇気よりも捨てない勇気が湧いたことに安堵している自分がいる。


捨てなくて良い、


──捨てたくない。


もしかしたら、私はそんな本音を誰かに肯定してほしかったのかもしれない。



それは甘えなのかもしれない。


けれどきっと、捨ててしまえばその存在が今以上に気になってしまう気がする。


だから仕舞っておく。


いつか、全てを懐かしむことが出来るようになる時まで。


そんな日が来ることを願って。






くるりと髪を纏めて簪を差し、来た道を戻り始める。そろそろ湯屋に行かねば流石に遅い。


名前も、顔も知らないどこかの誰か。


その正体を知る術はもうないから、有り難うの言葉は心で呟く。



初めての祇園御霊会。
宵山の今日は町も明るい。



行きよりも軽くなった心で賑やかな通りを抜けると、私は一人お先に、いつもの日常へと戻ることにした。