微かに揺れる床。
穏やかに聞こえる波の音。
経緯の程はよくわからぬものの、どうやら此処は船の中らしい。


沈黙が教えるそんな事実を遠くに感じながら、真一文字に唇を結ぶ沖田を眺める。


どうして船に乗っているのか、何処へ向かっているのか、そんなことはもう、どうでも良かった。


今は目の前のそいつにただ、触れたかった。




「……狡いですよ」

「生き抜く知恵や。自分も覚え」

「……一度だけ、ですからね」



立ち上がりかけた腰をストンと落とし、細い指がまだ少し躊躇いを残しつつ、ゆっくりと俺に触れる。


優しく、柔らかく頬を滑るその指からそいつの感情が流れ込んでくるような気がして、自然と頬が緩む。



「目、瞑ってください」



頬に掛かる髪を耳に掛ける沖田に言われるがまま目を閉じれば、訪れた闇に波の音が響いて。


あまり馴染みのないそれが不思議と心地よかった。










「……もっとや、奏」

「っ」



この期に及んで一度だけとか、本気で言っているなら全く以てけち臭い。


恐る恐るといった風にゆっくりと重なり、すぐに離れかけたその着物を掴んでもう一度その身を引き寄せる。


無理矢理と言う程の力は籠っていなかった筈のそれでも、その体は案外簡単に戻ってきて。


小さな音をたてて唇を啄んだ俺に、今度こそそいつは静かに答える。