蝉の声もいつしか消えて、山から蜻蛉が降りてきた。


日野でもこの時期になると、悠然と揺れる稲穂の上で沢山の赤蜻蛉が夕暮れを背に飛んでいた。


一面に続く稲穂がさらさらと風に揺れる音はとても心地よくて。


私は、そんな日野の景色が密かに大好きだった。


京に上って、これまであまり思い出すことのなかった郷里の風景をつい懐かしんでしまう私は、我ながら近頃すっかり弱気になっていると思う。


こんなことじゃいけないと思ってはみても、やることもなく、ただ大名屋敷のような広い建物の隅で一日を淡々と過ごしていれば、気なんてどんどん滅入るもの。


多少体が辛くても、忙しく動いていたあの頃が懐かしい。



縁側に座った私は庭に生えた雑草にとまる蜻蛉を眺めて、空へと視線を移す。


小さな雲が、鱗のように並んでいた。




「……けほっ」

「冷えるで」



ふわりと包まれたのは、すっかり慣れたいつもの薫りで。
黒い髪がさらさらと首筋に触れる。


「いつ戻ったんですか」

「今」


先月、隊士募集の為に東下した土方さんが居ないのをいいことに、前にも増してこいつはよく私の所に来てくれるようになった。


「報告はいいんですか?」

「ええねん、さっきまで局長とおったさかいに。それより冷え冷えやん、早よ中入んで」


ひょいと軽々私を抱き上げ、すぐ後ろにある部屋へと戻してくれる山崎は最近、極甘だ。