井戸の縁に額を押し付け唇を噛む。
泣かない。
泣いて堪るか。
わかってたことだ。
労咳は死の病。
幾ら何でもないように日々を過ごしていたってその事実は決して変わらない。
それでも私は此処にいると決めたのだから、泣いちゃ……駄目だ。
ぽたぽたと髪を伝い落ちる水。
辺りを包む蝉の声に意識を馴染ませる。
最後にもう一度大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す筈だったそれが喉に絡む咳にと変わった時。
こっちに近付く気配に気付いた。
「土方さ……こほっ」
「大丈夫か?」
「……ええ、もう平気です」
咄嗟に笑みを浮かべたけど、上手く笑えているのかわからなかった。
周りには誰もいない。
二人だけのこの空間。
いつもなら稽古のあとはさっさと汗を流して部屋に戻るこの人の、わざわざ追い掛けてきたとも思える登場に、狼狽えない訳がない。
「……どうしたんですか?」
僅かに眉を寄せて私を見るその視線に耐えきれず顔を伏せる。
ゆっくりと砂を鳴らして近付いてくる足が目に入って、思わず唾を飲んだ。
「お前、さっきはどうした」
「……すみません、汗で手が滑って」
静かな声に目が上げられない。
だって今目の前にいるのはいつものその人じゃない。
「ならちゃんと目を見て話せ」
「……すみませ、っ、こほっ」
私にはわかる。
私を見下ろすこの人は鬼でも副長でもない。
ただの『土方歳三』だ。
「……なぁ、お前──」


