飼い猫と、番犬。【完結】




蝉がけたたましく鳴き叫ぶのは雲一つない夏の朝。


先日、西本願寺の坊さん達に費用は全て出すからと半ば厄介払いの形で場所を移した新たな屯所は、恰も大名屋敷のような構えでこれまただだっ広い。


まだ慣れない真新しい道場の側にある井戸には稽古を終えた汗臭い男達が蟻のように群がっていて。


賑やかなそこを横目で一瞥すると、私は屋敷の反対に位置する別の井戸へと向かった。


厩(ウマヤ)に近い此処は、この時間誰も来ない。


こほこほと咳を溢しながら汲み上げた水を垂れた頭に被り、私はそのまま大きく息を吐いた。



……悔しい。



京に上ってこの方、稽古中本気でやって打ち負かせなかったのは山崎だけで、それ以外は一度たりとも負けたことなどなかったのに。


今日、初めて失態を演じてしまった。


打ち込まれた勢いに負けて、竹刀が手から落ちてしまったのだ。


有り得ない。


幾ら男に力が劣るといっても両手で握る竹刀を弾かれることなんて一度もなかったのに。


弱っていってる。


文字通り、私は弱くなっているのだ。


悔しい。
男になんて負けたくない。


組頭なのに。
役に立ちたいのに。
少しでも長く此処にいたいのに。


刻限が、忍び寄る。



悔しい、苦しい──怖い。



初めてありありと見せられた己の変化に目の奥が熱くなる。