飼い猫と、番犬。【完結】



翌日、多少の睡眠不足に目を擦りながらも隊務に励み、夕刻訪れた湯屋で暖かな湯船に身を沈めていると、ふと、すっかり忘れていた記憶が頭に過った。


……そう言えばあれ、なんだったんでしょう?



『帰って、きたらね』



江戸に立つ前に平助が何やら物言いたげに残した言葉。


昨日色々と話した中では山南さんの事以外は他愛ない事ばかりだったように思う。山南さんの一件は平助が東下してから起きたことだからその事とは違う筈だ。


山南さんの粛清に屯所の移転。


平助のいない間にうちも大きく変わった。長かった空白の時間、本人が忘れていてもそれは当然かもしれない。


……また聞いてみよ。


今はもう屯所に戻ればいつでも会えるのだ、急ぐ必要はない。


そう思い立つと一先ず考えることを止め、仄かな光がゆらゆらと浮いている水面をそっと掬って、パシャリと顔を洗った。



少し長引いたこの前の風邪以降、湯冷めしないよう夕餉を終えてからのんびりと湯屋に浸かりに行くことにしている。屯所へ戻ればあとは寝るだけ。


月明かりが照らす境内の草木を眺め、人気のなくなった廊下を歩く。


広くなった屯所は無論部屋までの距離も延びた。


次の角を曲がればあと少し。


朧月夜に湿った夜風。明日は雨かなと思いつつ、視線を前に戻して廊下を曲がった直後、


「わ、ぷ」


何の前触れもなく何かにぶつかった。