「山南さん」


極力静かに呟いたその名に、沖田の長い睫毛が微かに震える。


その事に少し安堵した。
完全に此方を棄てたという訳ではなさそうだ。


ただ今は己の殻に閉じ籠り目と耳を塞いでいるだけ。ならこっちはちょっとその蓋をこじ開けてやれば良いだけだ。



「なんであの人が戻ってきたかわかるか?」


きゅっと沖田が拳を握る。


微かに震える体は頼りなくて、いつもより小さく見えた。


くっきりと甲に骨が浮かぶ程加減なく握られたその指を見かねて、俺は無理矢理に指を滑り込ませた。


「これはあの人が望んだ結末や。自分が気に病むことはあらへん」


昨日、最後に二人で何を話したかは知らないが、あの人の想いはこいつがよくわかっている筈だ。


ただ消化するには刻が足りない間に色々と過ぎ去ってしまった。


人は弱い。時には逃げることも必要だろう。


でも、いつまでもそうしていられる程この世の中は甘くない。既に何人もの命をその背に背負っているなら尚更だ。



「あの人は自分やから最後を任せたんやろ。誇りにせぇとは言わん、せやけど苦しみ続けるんはあの人の本意やないと思うで。あの人を最後の痛みから救ったんは自分やねんから」


しゃあないから、今だけは俺が甘やかしてやる。