飼い猫と、番犬。【完結】



「山南さ……」

「すみません、そんな顔をさせたい訳ではないのです。何故でしょうね、逃げ出しておいて言うのは可笑しいかもしれませんが私は今、武士として命を終えられることに喜びを感じていますよ」


切腹、それのどこに喜びを感じるのかわからない私は、やはり男になりきれていないのか。


けれど表情が、その言葉が決して嘘ではないのだと物語っている。私が何を言おうと、もう変わらないのだとも。


一人の男として、そして武士として決めたことに、女の私が言えることは何もない。


「……っ」


それでも私は我が儘をいう幼子のように、情けなく涙を流すしか出来なかった。


「仕方ないですねぇ」


今日だけですよと引き寄せられた背を、トントンと優しくあやしてくれる。


この温もりが明日には消えてしまう──そう思うと益々目の奥は熱くなった。


「折角ですから話をしましょうか」


もう嗚咽しか出ない私に、その人は穏やかな声で話し始める。


話をしに来たと言った私の言葉を受けてのものなのか、ただ昔を懐かしんだだけなのかはわからない。


のんびりと楽しげに語られる思い出は、私ですら忘れていたような他愛ない日常のことばかり。


こんな時だというのに、久し振りに過ごす穏やかな刻はどこか心地良かった。


どのくらい話していたのか、いつしかポソリポソリと言葉を返すようになっていた私は、結局そのまま眠ってしまったらしい。


春とはいえまだ冷たい空気が鼻先を掠めるのに、ふわふわと包み込む温もりが此処にはある。




「……すみません」



温かく懐かしい夢の中で、そっと、頭を撫でられたような気がした。