「ちゅうか自分、明日の朝には江戸に発たなあかんのやろ?んなとこで油売っとらんと早よ寝ぇや。おやすみ」


これ以上おったら俺までびしょびしょや。


江戸への隊士募集──副長から聞いていたその話を思いだし、それを理由にひらりと手を振り藤堂くんの横を通り過ぎた。


言うことは言った。あとは藤堂くん次第。俺にはもう関係ない。



「……あんたさ、何で俺にそんなこと言うわけ?」



しかしながら直後、幾分落ち着いた声音が背に届く。


が、理由を問われてもまた困る。俺はただ言いたいことを言っただけにすぎないのだから。


「別に?そう思たから言うただけやし。まぁ無理にとは言わへんよ。せやけど自分ももうちょい素直に生きてもええんちゃう?」


強いて言えば、そんな藤堂くんに過去を重ね、少しばかり同情したのだ。


言葉の少なかった俺達。
ああなる前にもう少し想いをぶつけてくれていたら、また結果は違っていたかもしれないという当時の勝手な想いを少しだけ思い出して。


流石にそんなことは言えず、僅かに体を傾け微笑する。


すぐに目を逸らした藤堂くんからは、もう返事はなかった。


今度こそ前を向いた俺は漸くその場をあとにし、部屋へと帰りついた。


湿った長着を脱ぎ捨て新しい襦袢を寝間着に羽織り、布団を広げて横になる。


戸は木戸で窓もない。元は物置だった狭い小さな部屋。


そんな視界のない暗闇で天井を見つめさっきの藤堂くんを思い出すと、ふと空虚な思いが湧き上がった。