私の家の周りには街灯が無い。当然夜はかなり暗くなる。それでも近所の家から漏れた明かりや、丸く輝く月があるときは気にならない。本当に闇を感じるのは新月や、曇で空が覆われているとき、そしてどの家も寝静まり、消灯した時だ。私は仕事柄、徹夜が多いので昼夜逆転の生活になってしまっている。だから私にとって、家の周囲は暗いもの、というイメージがある。そのせいか、煌々と月の輝く夜などは、私には明る過ぎて何のインスピレーションも湧かない。逆に、天気が悪く周囲の家も消灯した時などは、わざわざベランダに出て闇を楽しむ。闇に目が慣れ、徐々に辺りの景色がぼんやりと判別できる程度の視界、それが私の創作意欲を掻き立てる一番の材料だ。
私は、小説家だ。
その日は1日中曇天で、当然夜になれば月明りなどない、闇が支配する世界が広がる様な夜だった。いつもの様にベランダに出て闇を見つめていると、ぼんやりとした視界の中に動くものを見つけた。それは人間大のサイズで、ゆっくりと道を進んでいた。3軒隣の向かいにある家の表札は電灯内蔵型で、柔らかな光がそれを微かに照らす。どうやら人の様だ。しかも黒いレインコートを着ている。私は私だけの世界を邪魔された気分になり、すぐに部屋に戻った。しかし、雨も降っていないのになぜレインコートを…?
次の日も、その次の日も、黒いレインコートの人物は闇の中に現れた。私は職業柄、好奇心が旺盛だ。なぜ?と思ったことは知らずにいられない。翌日、珍しく昼間に外出した私は、スターライトスコープを入手してきた。これは、ごく僅かな光でもそれを増幅し、かなり鮮明な視界を得る為のゴーグルだ。昔は軍用で、とても一般人が手に入れることなど出来なかったが、今はそれなりのコネがあれば簡単に手に入れることができる。私は職業柄、特殊なコネクションを持っている。