ここはフランスのパリ郊外。



私はフランス人形のマリリー。
私は私の持ち主であるローズちゃんのもとで働いている。
とは言っても私は動けないし、声もローズちゃんには届かない。
フランス人形同士なら話せるんだけど。
まぁ働くっていうのは、私がローズちゃんを笑顔にする、一緒にいてあげる、っていう簡単なお仕事。
なんらかの理由でローズちゃんが私を捨てたとき、私は違う持ち主でまた働くことになる。
私は永遠の命だから、仕方のないこと。
でも私がうまれて50年目に私は破棄される。
なかったものとされる。
それはもう体がボロボロになっていてみっともないからだ。
それまで、どんな持ち主でも仕事をまっとうしなければならない。



ローズちゃんが学校から帰ってきたようだった。
私にはわからないけど、ローズちゃんは重い病気を患っているようで、今日はその症状が重いらしかった。
少し怠そうに俯きがちに私に近寄ってくる。
「ただいま、マリリー。」
不意に頭を撫でられた。
それが心地よくて、私は微笑む。
それはローズちゃんには見えないんだけどね。
「うふふ、マリリー。そんなに嬉しいの?」
そういってまた頭を撫でた。
ローズちゃんは不思議だ。
私の思っていることを察しているのか、見えるのか、聞こえるのか。それともただの妄想に過ぎないのか。私の言いたいことを感じ取ってくれている。
こんな持ち主私には初めてだったから、最初は戸惑った。
しかもローズちゃんは今中学生なのだ。
もうローズちゃんのもとで働いて15年目になる。
このような事は最初の小さい頃だけかと思ったけど、それは年を重ねるうちに強まっていった。
「じゃあ私、おやつ持ってくるわね。一緒に食べましょう。」
もちろん私は食べ物は口にできない。
だけど、こうするのがローズちゃんの日課なのだ。
私も嬉しいのだけど。
「お待たせ~」
その声色は少し重かったように聞こえた。
そういえば腕も筋肉がほとんどなくて痩せこけている。
大丈夫なのだろうか。
「さぁ、一緒に食べましょう。」
私には、ローズちゃんが無理に笑顔をつくっているように見えた。
その時だった。
「私ね、実は去年の6月に余命宣告されてたの…びっくりしちゃうでしょう?」
そういってローズちゃんは微笑んだ。その微笑みはとても悲しそうに、でも美しく私の目に映った。
「それでね、私はどう足掻いても、明日までしか生きられないってお医者さんに言われたのよ…」
ローズちゃんの右目から一筋の涙がこぼれた。
私にも何が何だかわからないよ。
「それでね、私が生まれてから寄り添ってくれたマリリーにね、本当に感謝してるのよ。」
そう言って私の頭をさっきよりも弱々しく、けれども優しく撫でた。
ずっとこうしていたかった。
「マリリーと一緒なら私は何も怖くなかったの。だからね、今日まで頑張ってこれたの。全部、マリリーのおかげよ。」
そんなの違うよ、私はなにもしてない。
頑張ったのはローズちゃんでしょう?
私は本当になにもしてない。
仕事をまっとうしていただけだ。
それ以上でも、それ以下でもないんだよ。
私はそれ以上には踏み込めないんだよ?
ここまで生きてこれたのは、ローズちゃん自身の力。
それで私は元気をもらっていた。
こんな素晴らしい持ち主は初めてだったから。
「うふ、マリリー。私はね、マリリーがいたから、どんなに辛くても、マリリーがいたから、ここに存在してるのよ。マリリーは私の恩人よ。」
そんなことない。
代わってあげられるなら私がローズちゃんの代わりに死にたい。
だって私はローズちゃんとしか関われないんだもの。
ローズちゃんはこれから生きていけば沢山の人と出会って、恋をして、大人になって、本来の寿命で安らかに眠れる。
私みたいなお人形はいつ死んだって構わないの。
「死にたいなんて、思っちゃだめよ。そうしたら、絶対いけないわ。自分自身で未来への道を閉ざすことになるわ。マリリーは私がいなくなったら、次の持ち主さんのところに行かなければならないでしょう?次の持ち主さんもマリリーの事を心待にしているわ。」
私の一番大事な人はローズちゃんなんだよ。
他にそんな人が現れるはず…ないの。
「こんなとき、魔法使いでも現れればいいのにね。」
この世界に魔法なんて…
あったら、このことを変えられるのに。
「最後にね、私、マリリーときちんと声で、それを耳で受け取ってお話がしたいわ。それが…私の昔からの夢だったから。」
私も会話をしたい。
独り言のように消えてしまうこの声を、どうにかしてローズちゃんに聞いてもらいたい。
私は、ローズちゃんとお話をしたい。
「マリリーもそう思っているんでしょう?マリリーはお人形さんだけどさ、私はお人形さんのこと、動けないだけの、人間だと思うの。」
その意見は妥当だと思う。
でも所詮私はお人形さんなんだよ。
「ねぇ、答えて?私の耳に、マリリーの声を届けて。お願いよ。」
今度は両目から雨粒のような涙がこぼれ落ちた。
私は必死にこう願った。
魔法使いさん、私に人間の耳まで届く声をください。その代償は、命でもなんでもいいです。1日だけ、私に猶予をください。
「魔法使いはやっぱりいないのね。私はマリリーと会えて幸せよ。」
一息ついてからこう付け加えた。
「心残りは、マリリーと話せなかったことだけよ。ありがとうね。」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
私が、話せなくて、ローズちゃんを幸せにできなくて、笑顔にできなくて。
「1つ、言いたいことがあるわ。聞いてくれるかしら?」




「マリリーは本当に話せないの?」
私はそれが、何を意味するのか、わからなかった。
そうこうするうちにローズちゃんの病体が悪化していた。
「ねぇ、マリリー。マリリーは話せないんじゃないわ。自分から、話すことを強く、拒んでいるんじゃないの?答えて、マリリーの声で。」
ローズちゃんは何を言っているの?
私の声はいつも、届いていないじゃない。
ローズちゃんが明日いなくなるというのに、自分から拒むわけないじゃない。
「マリリー、私とお話すること、そんなに怖いかしら?それとも、昔、前の持ち主さんのところで何かあったのかしら?」
そうだった。
何で今まで忘れていたのだろう。
私は昔、女の子とお話をしていたら親御さんに気味悪がられて捨てられてしまったんだっけ。
それで、ローズちゃんが拾ってくれたんだっけ。
私は、そうなることを恐れていたんだ。
「ねぇ、マリリー!私とお話、しよう!」
それは、最後に輝きを増していく日本の線香花火というものにどことなく似ていた。
その笑顔を見て、思った。
私が見たかったのは、したかったことは、これだったのだと。
これは、お仕事であり天職だから。
人間の命は、尊く、儚く、美しいものなのだから。
「マリリー、私がマリリーの苦しみ、全部受け止めるから。お願い。」
「それは、もう必要ないよ。」
いつのまにか、声が出ていた。
呪いを解かれたように、ふわふわした感じだ。
「マリリー!」
「私はね、ローズちゃんとお別れなんてしないよ。私はね、全然悲しくないよ。過去もローズちゃんがいれば怖くない。それにね、私は1人じゃないから。」
「私も、マリリーがいれば怖くないわ。」
「本当にローズちゃんはすごいよ。尊敬している。」
「いいえ、マリリーのおかげなのよ。私達は二人で一人のようなものじゃない。」
「そうね…。」
そういって私は微笑んで見せた。



それから私とマリリーはずっとお話をした。
最期の、最期まで。
宣告された日にちより、3日も多くローズちゃんは生きた。
それまでにつくった思いでは数えきれない。
最期は近くのカフェで迎えた。
コーヒーを飲んで会話をしている最中だった。 

「マリリー、ありがとう。」
「そんな、私は何も。だって、私とローズちゃんは二人で一人でしょ?」
「そうね。最期まで、マリリーと一緒で嬉しいわ。」
「私も今一緒にいれて嬉しい。これからも、ずっと一緒だよ。」
「ええ、そうね。ずっと、一緒よね、私達。また、お話しましょうね。」
「私、もうダメみたい…なんだかもうあっちの人間が私を呼んでるの。」
「私も連れていって…ずっと、ずっと、永遠にローズちゃんとお話していたいから!」
コーヒーの薫りが、体を包む。
「ありがとう。でもね、マリリーは未来があるの。マリリーには未来への道があるわ。それを歩んでいかなくてはいけないわ。誰かがそれを止めることなんて、してはいけないの。」
コーヒーの薫りが体内に回る。
「だからね、次の持ち主さんのところでも幸せになるのよ。私は空から眺めてるわ。大丈夫、私とマリリーは二人で一人、でしょう?」
コーヒーの薫りが全て抜けていく。
「また、ね。」
そう言い残して、ローズちゃんは去った。
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ローズちゃん、私は元気にやってるよ。