『…なんで…そういうこと簡単に言うの?』



絵美ちゃんは顔を上げ、今にも泣き出しそうな顔をして、俺に問いかける。



『そういうことって?』


俺が問いかけると、絵美ちゃんはまた俯いてしまった。




『…キスとか…』




『キスとか簡単に言っちゃダメなんだ?』




『……言っちゃ、ダメだよ…。
 私は…古いかもしれないけど…笑われちゃうかもしれないけど…そういうことは、本気でその人としたい、されたい…そう思える人がいい…』





…ったく。


本当に古臭ッ!


今時、そんな純情めいた言葉をいう奴なんて、絵美ちゃんぐらいだよ。


別に、俺だって、簡単に言ってるわけじゃねぇけど。



俺だって、絵美ちゃんとこんなふざけた流れじゃなくて、ちゃんとしたいよ。



けど、


けどさ。




絵美ちゃんは俺のこと“男”と思ってないじゃん?


ただの、いち“生徒”としか見てなくて。


俺は、絵美ちゃんに“男”として見てもらいたくて。



こういうフレーズを言えば、俺を“男”として見てくれるようになるかも、そんな小さい希望を見たくて、だから言ってんだよ!




なのに。





『…それに、私、ちゃんと好きな人がいるの…』



すごい真剣な目で。

透き通ったような声で。



そんなことを、俺に言うんだろう。





でも、その目が、その声が、その言葉が、絵美ちゃんの本気さをうかがわせるものがあって。



俺は、その言葉に黙り込む。




痛い…


痛い…



絵美ちゃんの言葉が、鋭い刃となって、俺の心臓に突き刺さる。


どんどん、俺の奥に、その刃が刻まれて、苦しい…






『…は?
 絵美ちゃんさ、恋愛なんて所詮、時間差の問題だよ?』



俺はそんな冷めたセリフしか言えなかった。



怒らせる?


悲しませる?


俺の言葉に絵美ちゃんがどういう反応をするのかなんて考えられない。


それだけの心の余裕がない。





『…そんなことない、私はちゃんと』

『嘘だね。
 恋愛なんて、所詮、時間差だよ?
 俺より、絵美ちゃんの好きな人の方が先に絵美ちゃんと出会った、ただそれだけのことだよ』



絵美ちゃんの言葉を遮り、俺はそう言い放つ。




『…なに…それ…』


戸惑った顔、困った顔、絵美ちゃんなんてそんな顔をしてればいい。





『絵美ちゃんは、俺のことを好きになるよ、絶対』



俺の言葉に、絵美ちゃんの顔は凍りついたように固まった。