「こいちゃんじゃないの。そんなところに突っ立って、どうしたの?」

いつもと変わらないマリアさんの笑顔で今にも飛び出しそうにドキドキと早鐘を打つ心臓が少し落ち着きを取り戻した。

「あの。旭君居ますか?」言葉少なにそう訊ねるとニッコリを微笑んで手招きしてくれる。

「居るわよ。どうぞ上がって。私はこれからウォーキングを兼ねて買い物に行くからお構いできないけど、ゆっくりして行ってね」

ほんの一週間前。もうここには来ませんと宣言したばかりの私が訪ねたことに、理由も訊かずにマリアさんは歓迎してくれている。

手土産代わりに持って来たパウンドケーキを思い出し慌ててマリアさんに差し出すと……

「後で頂くの楽しみにしてる。悪いけど……こいちゃんが旭に直接渡してくれる?」

『今から出かける人に手渡してどうするのよ、私』余りにもテンパり過ぎな自分に自分でツッコミを入れる。

「はい。そうします」

一旦マリアさんに差し出したケーキの入ったバッグを自分の方に引き戻し軽く落ち込んで足元に視線を落とす。

クスッと笑う声が聞こえてマリアさんへと視線を向けるといつも通りの優しい笑顔が目に飛び込んでくる。

「こいちゃん。一週間前より丸くなったみたいだけど……可愛いわよ。それじゃーいってきます」

「はい。いってらっしゃいませ」

一年前には考えられない程スリムになったマリアさんは足取りも軽やかに外出して行った。

「マリアさんの言葉は魔法みたい」

愛想や社交辞令とは異なる心からの言葉が私に少しの自信と勇気を与えてくれた。

「よし」心を決めた私は小岩井家の玄関ドアを勢いをつけて開き、

「お邪魔します」と震える声で挨拶をして家の中へと入って行った。