小鳥たちが、無邪気にさえずる春の朝。


「涼香(りょうか)ーーーーッ!」


窓の外から、けたたましい声で誰かがあたしの名前を叫んだ。


いや、それが誰なのかはもう分かっている。


幼馴染で同級生の、鳴海 結(なるみ ゆい)だ。


とても怒っているような気がする。


いや、実際に怒っている。


「おっそーーーーい!」


そんなことは自分でも分かってるから、少し黙ってほしい。


急かされても、余計に焦るだけだ。


「はやくーーーー!」


無視をするのは本意ではないけれど、残念ながら返事をする余裕がない。


こんなに探しても見つからないなんて。


一体どこに消えた、あたしの制服のネクタイは!


家中をバタバタと駆けずり回ったせいで、額から汗がしたたり落ちた。


希望は薄いけど、もう一度自分の部屋に戻りベッドの下を覗き込む。


やっぱりない。


先ほど引っ掻き回した洋服ダンスの中身を、今度はごっそり床にぶちまける。


やっぱりない。


あぁ、もう、どうしよう。


今日は特別な日だから、絶対に遅刻はしたくない。


とはいえネクタイなしで行って、先生や先輩に入学早々目を付けられるのはもっと嫌だ。


そうこうしている間にも、時間はどんどん過ぎてゆく。


外からは、引っ切り無しにあたしを急かす声が届く。


「昨日のうちに準備しとけぇ、アホーーーー!」


はい、すごく反省しております。


でもまさか、ネクタイだけが紛失しているなんて、夢にも思わないじゃないですか。