「……桐谷、蓮」
その名前は一年のときから知っていた。
“遊び人”だの“さぼり魔”だの。
両親とあまり上手くいっていないから、人一倍寂しがりなんだとか。
とにかく色んな噂があった彼は、二年の四月のある日、教室にいた。
「きゃーっ! 蓮じゃん!」
「どうしたの、めっずらしー!」
シルキーアッシュの髪、グリーンのカーディガン。
端整な顔立ちに、それらは華やかさをプラスしているようで。
彼の周りは、綺麗な女の子で溢れていた。
「……すごいね」
「うん」
わたしは、堤くんと学級委員の仕事をしながら、遠巻きに見ているだけだったけれど。
それでも、目を奪われずにはいられなかった。
「蓮、これあげるっ」
「この前キャラメル好きだって言ってたでしょ?」
彼に話しかける女の子は絶えず。
ゆるりと口角を上げながら、妖艶なあの桜色で一言二言紡いでいく彼は、異世界にいるようだった。
そんな彼に魅了された女の子たちは、担任が教室に入ってくるまで、誰もそこを離れようとはしなかった。
「桐谷、お前今日どうしたんだ?」
担任でさえも、教室にいる彼を珍しく思ったらしい。
わたしはストライプ柄のシャーペンを動かしながら、聴覚だけそっちに向けていて。
どう答えるんだろう、と思っていると。
「あれ、俺の担任って、豚まんだったんだ」
問いに答えることなく、彼はそう言い放った。