「きりたに」
そっと声をかけると、桐谷は不機嫌な顔をしたまま私を見た。
ワックスで無造作に整えられたシルキーアッシュの髪、ルビーのようなピアスが輝く耳、派手なグリーンのカーディガン。
再試の常連だった桐谷が、大学受験をすると言い出したのは二学期のこと。
勉強をしていなかっただけで、もともと要領の良い桐谷が勉強をすれば、成績は面白い具合に伸びていった。
今、学年一位の堤くんとさぼり魔の桐谷、そして私の三人がこの教室で勉強しているという事態は、半年前夢にも思わなかった。
「……よっこ」
桜色の唇が、私を呼んだ。
それは、休憩の合図。
中指にシルバーリングのはめられた右手が私の手首を取った。
強い力で引かれて立ち上がる。
「待って桐谷」
「待たない」
「でも、寒いよ」
私がそう呟くと、不服そうに眉を寄せながら、ぐるぐると私にマフラーを巻いた。
思いがけないその行動に、思わずにやけた口元をマフラーで隠す。
そのままずんずん進んでいく桐谷に引っ張られながら、いってらっしゃいと堤くんが笑うのを背中で聞いた。