「なぁ、姉ちゃん。これ試してみねぇか?」


私を引っ張りこんだのは無精髭を生やした男だった。

歯並びの悪さが目立ち、それを恥ずかしげもなく人目に晒す。

気持ち悪い…

それが第一印象であった。

男は手に注射を持っていた。

不自然な色をした液体が入っている。

まるでホルマリンの色みたいだ。

男はへへっとグロテスクな笑みをこぼし、私に問いかける。


「な、姉ちゃん。

タダですっごくいい気分になれるんだよぉ?

ほれ、一回やってみようよ」


男の息が鼻にかかる。

臭い…


別にいい気分になんてなりたくないし。

ってかいつまでも腕掴まないでよ、気持ち悪い。

そんな思いを込めて弱弱しく腕を振りほどこうとする。

しかし男の手はしっかりと掴んで離さなかった。


「なぁ、姉ちゃん。

その沈んだ気分も一瞬で吹き飛ぶんだぜ?

ほらこれを打てば…」


私は別に沈んでなんかいない。

もう人のせいで振り回されるのはこりごりなんだ。


男は注射を私の目の前に持ってくる。

ホルマリンの色ではなく泥水の色に見えてきた。

汚い。

男の爪が次第に腕の肉に食い込んでいく。

嫌だ。

触んないで。


「触んなっ!!」

「おいおい、まだ答えは貰っちゃいないぜ?

タダで打ってやるから…」

「離せッッ!!」

「チッ…こっちが下手に出てやってるってのに…

生意気な小娘だな…」


男の爪に血が滲んだ。

私の皮膚を、この男の爪が張り破ったのだ。

途端に鳥肌が立った。

近づいちゃいけない。

本能的にそう感じ取った。

私は必死に腕を振り回す。

男の爪は私の皮膚を爪で引き裂いた。

ただ者じゃない、こいつ…!!


「世奈様の命令なんでな、ちょっと黙ってもらうぜ。

姉ちゃん」


背中に激痛が走り、私は強い衝撃と共に意識を失った。