『亜季!』
突然、クラスの入口から名前を呼ばれる。
振り向いた先には息を切らした健太の姿。
健太は教室にいるあたしを見つけて、由奈ちゃんじゃなくて、あたしの元に歩いてきた。
『…健太…?』
『亜季、なんで先に行くの?』
真っ直ぐな瞳でそうあたしに問いかける健太。
そんな瞳で見つめられていたら、あたし本当のことを言っちゃいそう…
『だーかーら!
メモ残しておいたでしょ?
今日の予習しなきゃいけなくて』
『亜季、予習なんてしないじゃん』
あたしの言葉に自分の言葉を被せる健太。
『いつもなら予習してないからノート見せてとか言うじゃん』
…そっか…
いつものあたしはそんな風に健太と接してたんだよね…
でも、それは健太と由奈ちゃんが付き合ってなかったからであって…
『健太くん、おはよ』
あたしと健太の中に入り込むように、由奈ちゃんが健太に声をかけた。
『あ…おはよ…』
由奈ちゃんの顔を見て、健太は落ち着きが戻ったようだ。
『健太くん、昨日は本当にありがとうね。
私、昨日は嬉しすぎて眠れなかったんだよ』
由奈ちゃんはあたしの前で、あたしが言えもしないような、そんな可愛い台詞を健太にぶつける。
『あ…うん、俺も…』
健太はそう言って、頬を赤らめた。
…やめて…
やめてよ、そんな顔をすんの…
あたし…
あたしがここにいるんだよ…?
健太のことが好きな…でも届かなくて苦しんでるあたしの前で、そんなやりとりしないでよ!
そんな…他の女の子に赤くならないでよ…
『あ…ホームルーム始まる前にトイレ行っとこ』
あたしはできるだけ笑って、そう言った。
でも二人は完全にふたりきりの世界…。
苦しい、悲しい、ムカつく、泣きたい…あたしの今したいこと、あたしの今の気持ち、どれが本当なのか分からなくて、でもそんな自分にまたイラついて。
この場所から離れたかった。

