一人、取り残された健太の部屋。
昨日の朝は大好きな健太の寝顔を見て、それで健太とじゃれて、すっごい幸せだったよね。
でも、今日は、なんだか違う部屋みたい。
これから、健太はここに由奈ちゃんを入れるのかな?
由奈ちゃんと笑い合って、“好き”って言い合って、キスをして、その先のこともするのかな?
あたしの知らない健太が増えて、健太と過ごす時間は減っていくのかな?
怖い。
健太が“好きな人がいる”、そう言った日より、健太が誰かのものになってしまった今の方が怖くて、苦しい。
これから、ここは健太と由奈ちゃんの思い出に溢れる場所になるの…?
そう思ったら、あたし、この部屋に来れない…
怖いよ…
この部屋にくるのも…
健太が、健太の幸せな思い出が増えていくことも…
助けて、健太…
でも、健太にはあたしの声なんて聞こえない。
あたしの想いなんて健太には届かない。
でも、離れたくない。
でも。
『…健太のバカ……他の人のものにならないでよ……』
階下では健太と健太のお母さんの会話のやり取りが聞こえてくる。
もう、健太、シャワー終わったみたい…
もう戻ってくるんだよね…
でも、あたしはどんな顔で健太を受け入れればいいんだろう…
ちゃんと笑える…?
健太の前で、あたしは昨日の朝のような、あんな顔、健太の前で出来る…?
…無理だ。
あたし、今、健太に会ったら、健太の顔を見たら、
きっと、泣いてしまう…
ごめん、ごめんね…
あたしは鞄から適当にノートを取り出し、ノートの切れ端を破って、そこに健太宛のメッセージを書いた。
“今日、英語さされる日だから、先に行って予習します”
いつもなら、もっとくだいた言い方をしてるかもしれない。
でも、もう“いつも”の自分が分からなかった。
そして、あたしは静かに階段を降りて、何も、誰にも声をかけず、健太の家から出て行く。
振り返らず、あたしは学校のまでの道のりを急いだ。