修は5年前まだ学生だった。学園紛争が下火になって
海外へ飛び出し、3年間ヨーロッパを放浪の果てに
学園に復学して再び勉強をし始めようとした頃だ。

もう25歳になっていた。向こうで知り合った君子と
いう世話好きでエネルギッシュな女性と結婚して、
智子という女の子が生まれたばかりの頃だった。

京大の農学部のグランドの北側、田中春奈町という
という所の安アパートに家族3人で落着いた。

この周辺には学生が多く、結婚した大学院生もかなり
住んでいた。近くには歌に出てくるような銭湯があって、
寒い冬には手ぬぐいをマフラーにして毎日通ったものだ。

二階には吉岡千恵子という文学部のおしゃまで
かわいらしい女の子が住んでいて、すぐ妻の君子と親し
くなった。

ヨーロッパでは少し小銭をためて帰ってきたので、この
1年間は妻は車の免許と英会話。修は学園紛争の3年
分を2年で取り返すべく超過密時間割で猛勉強をしていた。

君子はだれとでもすぐに親しくなる、世話好きで活動的な
人柄だ。5月のある日、英会話教室からの帰りに君子は
友達を連れてきた。それが吉川厚子である。二階の

吉岡千恵子も加わってにぎやかにお茶会が始まった。さらに
インド帰りのアコちゃん、文学部の山本先輩、ギターのうまい

修の後輩蓮井君たちが次々と集ってきて、土曜の夜には鍋を
囲んで楽しいひと時をすごしたりした。

厚子は京都生まれの京都育ち。小さな建設会社の娘で父が
亡くなり兄が後をついで一応役員ではある。

短大を卒業して海外へ出るべく今英会話を学んでいる。おっ
とりとした一重まぶたの美人である。その日は夜遅くまで
おしゃべりして厚子はタクシーで伏見稲荷まで帰った。