『だから…初めて君に名前を呼ばれたとき、すごく…すごく嬉しかったのを覚えています。』
私は顔をあげられずにいた。だって彼は最初からこんなに想っていてくれたのだ。なのに私は……
目頭が燃えるように熱くなり、胸がどくどくと脈を打つ。嫌だ、泣きたくない…そんなことを思うたび喉の奥が締め付けられるように痛い。呼吸を落ち着かせることがやっとで、言葉を発してしまっては泣き出してしまいそうだった。彼には隠しても意味はないのに…どうしてもこの気持ちだけは気づかれたくなかった…そんな気持ちすら見越した彼は初めて会ったときに見た顔と同じ…嬉しいのか悲しいのか分からない表情をしていた。
『楓』
そしてまた、その優しい声で私の名を呼んだ。
「…っ…な…に…」
しばらくしたらどうせ泣いてしまうのに。しかし彼はそんな私の最期の小さな抵抗に何も言わなかった。
『…好きでした。』
もう涙なんて抑えきれなかった。喉の奥が痛くてしょうがない。呼吸すらままならない。でもそれよりも胸が痛くて痛くて。言いたいことは色々あった。あのときどうして私を助けたの、とか真に迫る話題から、葵くんのお母さんどんな人?とかいう少しどうでも良い話題。
でも言えなかった。
"好きでした"なんて言葉を聞いてしまっては。