「あ。ありがとうございます」
お礼を言って、椅子を差し出すと、先輩がそこにのぼった。
「…………」
そのまま無言で、先輩は二段になっている窓の上段を、
あたしはひたすら下の段の窓を拭いていた。
きゅっきゅっと雑巾と窓がこすれる音だけが鳴っている。
「オブチさん」
「あ、はい!」
「マイペットある?」
「……どうぞ」
「ありがとう」
先輩を見上げると、雑誌によくある街角イケメンスナップのような笑顔を見せてくれた後、
再び作業に戻っていった。
じわりと、酸っぱい味のようなものが口の中に広がっていく。
これ以上、入り込んでくるなよって訴えられているかのよう。
「吉野さーん、そこ終わりましたかー?」
「うん、だいたい。そっち手伝おうかー」
「あー助かります! こっち男子いなくて。ありがとうございます~」
他の教室を担当している委員会メンバーからの呼びかけにより、先輩は椅子を降り、あたしから離れていった。
ぱた、ぱた、と先輩の足音が遠ざかっていく。
「…………」
ふと3年の派手女子たちの会話を思い出してしまう。
『吉野くんって女見る目なくなったんじゃね? あんな微妙な2年にフラれただけで超おおげさじゃん』
『ぶっちゃけ、女々しいかも……。イメージちょっと崩れた感じする』
先輩は凹みモードを脱出できたっぽいし、
このままの状態をたもっていたら、たぶん吉野先輩は変わらずイケメンで、みんなの人気者のままでいれるんだろう。
それ以上のことは考えないようにしないと、
涙が出てしまいそうだった。

