「すんません何でもないです……」
思わずあたしはそう言って顔を伏せた。
「…………」
先輩はきっとあたしを見つめ続けている。
あたしは足元の石畳の継ぎ目を見ることしかできなかった。
絶対可愛くない顔が更にブサイクな表情になってるだろうし。
てか、あたし。
何言ってるんだ? 何してるんだ?
先輩に一体、何を求めているんだ?
もう梅雨は明けたようで、日が傾いていく晴天の下、
一匹のセミの声が響いている。
揺らぎを持ちつつも一定のトーンで鳴り続けるその音が、何にも答えが出せないあたしの心を更に苛立たせていく。
あたしは、白シャツをつかむ手にぎゅっと力を入れた。
「……何でむかついてんだよ」
ふっとその音が途切れた瞬間、先輩の声が聞こえた。
あたしはゆっくりと顔を上げる。
「嘘です。むかついてません」
「お前……どんな顔してんの」
たぶんあたしは今、泣きそうな顔で、先輩のことをにらみつけているんだと思う。
「すみません、ブサイクで」
今できる精一杯の憎まれ口をたたくと、
なぜか先輩はぷっ、と吹き出した後、笑いをこらえているような表情になった。
釣り上がっていた二重の目もやわらげられる。
「あーもういいや。とりあえずお前、俺の家来いよ」
そう言って、先輩は後ろに手を回し、シャツをつかんだままのあたしの手に指をからめた。
「……え」
不意うちだったため、ドキッとする間もなく、
あたしの指は白シャツから離され、先輩のごつごつした手にぎゅっと握られていた。

